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佐賀地方裁判所 昭和39年(ワ)13号 判決

原告 相森恒美

被告 祐徳自動車労働組合 外一名

主文

原告が被告祐徳自動車労働組合の中央執行委員であることを確認する。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告両名の連帯負担とする。

事実

当事者双方の陳述は以下のとおりである。

第一、原告の主張

一、請求の趣旨

原告が被告祐徳自動車労働組合の中央執行委員であることを確認する。被告祐徳自動車労働組合は原告に対し金一〇〇円を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。

二、請求の原因

(一)  被告祐徳自動車労働組合は、祐徳自動車株式会社及び株式会社鹿島工業所の従業員約七〇〇名を以て組織し、組合員の協力団結により労働条件の維持改善とその経済的地位の向上等をはかることを目的とし、組合規約でその組織運営の方法を定め、組合長を代表者とする社団であり、民事訴訟法上当事者能力を有するものである。

(二)  原告は被告組合の組合員である。

(三)  被告組合は、昭和三八年八月二九日組合役員の選挙を同組合選挙管理委員会の管理のもとに行い、この選挙のうち、バス六分会から選出する中央執行委員の定員は五名で、立候補者は原告及び被告北川昭繁を含めた六名であつた。

(四)  同月三一日右選挙管理委員会は右選挙の開票の結果、杉谷勇(得票数以下同じ四三四票)、小林清一(三八九票)、森隆義(三六九票)、山下経次(三六〇票)及び被告北川昭繁(二八四票)の五名の当選を確認し、原告の得票数は二七四票であるとして落選と決定した。

(五)  前記投票中には原告にのみ投票したものが四七票存在したが、右選挙管理委員会は、被告組合の選挙規則第一七条第二号に「バス六分会選出の中央執行委員・・・は連記投票とする」とあることを根拠に、原告にのみ投票した右四七票の投票は連記投票でないからすべて無効であるとし、原告の得票数の中に算入しなかつた。

もし、右四七票を有効とすれば、原告の得票数は合計三二一票となり、被告北川の前記得票数より三七票多いことになる。

(六)  右選挙管理委員会は前記開票に際しては、定員五名の立候補者全部に投票したもののみを有効としたのではなく、二名以上の立候補者について投票したものまでこれを有効としているのであるが、このような定数未満の立候補者の投票をした分は、ひとしく選挙権の一部放棄として取扱わるべきであり、一名について投票したものと二名以上について投票したものとで本質的差異があるべきではない。このことは棄権の自由が認められる以上当然のことで、同規則第一九条が掲げる投票無効の事由の中にも右の如き場合は含まれていない。それゆえ、原告は右選挙で当選したのであつて現在中央執行委員の地位を有するものである。

しかるに被告両名はこの事実を認めようとしない。

(七)  被告選挙管理委員会は、その構成員である中島清海、溝上和男、吉田芳彦、平野辰馬、武田幸男、水町勇、木田義宣、副島清全員の共通の意見によつて、右四七票を無効として原告の落選を決定したが、これは原告の名誉を害する不法行為であり、このために原告は精神的苦痛を蒙つた。前記各選挙管理委員はいずれも被告組合の被用者であるから、被告組合は使用者としてこれらの者が前記不法行為により原告に加えた前記精神的損害を賠償する義務があり、その金額は一〇〇円が相当である。

三、被告の本案前の主張に対する答弁

被告組合の選挙管理委員会は独立の機関ではなく、民事訴訟法上の当事者能力を有しない。それゆえ本訴は適法である。

四、本案の主張に対する答弁

被告組合選挙管理委員会が投票に際し、バス六分会選出中央執行委員の投票について、二名連記であれば有効とし一名に止まるときは無効とする旨の決定指示をしていたとの事実は否認する。かえつて、選挙当時同委員会が組合員に配布した「情報」と題する文書には「定員数連記とし、定員を超える記載は無効とし、定員未満の記載は有効とする」旨の記載があり、投票用紙にも「○印(投票)が六名になれば無効」との記載があるに止まるから、右主張は理由がない。

五、証拠〈省略〉

第二、被告の主張

一、本案前の主張

原告の地位確認の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。

二、その理由

本件選挙における被告北川の当選は、被告組合選挙管理委員会が組合選挙規則により、有効投票の計算をなし、同被告の得票数が原告のそれよりも多数であることを認定した結果に基いてこれが確認と発表とをなしたものであり、同被告の中央執行委員としての地位は独立機関としての被告組合選挙管理委員会の決定によつて得たものであるから公職選挙法の法意を類推して、原告が被告北川にかわり中央執行委員となるには、右選挙につき管理権を有する選挙管理委員会が先になした被告北川の当選の確認と発表とを取消したうえ、改めて、原告の当選確認と発表とをなさないかぎり、本件判決だけでは被告北川は中央執行委員としての地位を失うものではないから本訴は確認の利益なく不適法である。

三、本案に対する答弁の趣旨

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

四、答弁及び抗弁

(一)  請求原因事実中(一)ないし(五)の事実は認める。(六)の事実中、二名以上の連記投票を有効とした事実は認めるが、原告主張の法律上の見解は争う。(七)の事実中選挙管理委員の氏名が原告主張のとおりであり、その共通の意見によつて原告の落選を決定した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  バス六分会選出の中央執行委員の選挙は、被告組合選挙規則第一七条二号により連記投票とするとされているから中央執行委員の選挙において投票が有効とされるためには「連記」即ち少くとも二人以上の立候補者につき投票しなければならないものである。以上のことは選挙管理委員会が選挙の施行に際して誤りなきよう指示していたのであるから、右規則及び指示に反してあえて原告にのみ投票したいわゆる単記投票の分は無効投票というべきである。選挙管理委員会のとつた措置は正当であるから本訴各請求には応じられない。

五、なお原告が被告組合に対して前記選挙管理委員の不法行為を理由とする損害賠償の請求は、従前の請求とその基礎に変更があるので、この訴の変更は許さるべきではない。

六、証拠〈省略〉

理由

被告労働組合が原告主張の如き組織・目的を有する社団であること、原告が被告組合の組合員であること、昭和三八年八月二九日被告組合におけるバス六分会選出の中央執行委員の選挙が被告組合選挙管理委員会管理のもとに行われ、原告及び被告北川を含む六名が立候補し、同委員会が原告主張の如き各得票数をもつて、訴外杉谷勇、同小林清一、同森隆義、同山下経次及び被告北川の当選と原告の落選とを確認発表したこと、前記選挙は、被告組合選挙規則第一七条第二号に基ずき連記投票とされ、立候補者二名以上の者に投票した分については「連記」投票であるとして有効とされたこと、投票中原告にのみ投票したいわゆる単記投票が四七票あり、これが被告組合選挙管理委員八名全員(その氏名についても争いがない)の共通の意見によつて単記を理由に無効と決定されたことはいずれも当事者間に争いがない。

被告は本件地位確認の訴は確認の利益がなく不適法である旨主張するので先ずこの点につき判断する。被告の主張は、公職選挙法上地方公共団体の議員等の当選の効力に関する訴訟は、先ず当該選挙を管理した選挙管理委員会に対して異議の申出をなし(市町村選挙管理委員会の場合には、さらに都道府県選挙管理委員会に対する審査の申立をなすことを要する)、その決定(又は裁決)に不服あるものは、当該都道府県選挙管理委員会を被告として高等裁判所に訴を提起する方法をとらねばならない(同法第二〇六条、第二〇七条)のであるから、本件の場合も先ず原告は、被告組合選挙管理委員会を被告として被告北川の当選の効力を争うべきであるというに帰着する。しかしながら、被告組合選挙管理委員会は私法上の一社団である被告組合の内部的事務処理のための純然たる内部機関にすぎず、もとより民事訴訟法上の訴訟当事者能力を有するものではなく、また具体的法令に根拠を有する公共団体の機関として行政庁と観念することもできない。それゆえ右委員会がなした前記中央執行委員の当落の確認決定が一個の行政処分類似の行為であるとしても、いわゆる抗告訴訟の対象となりうべき事項ではなく、かかる機関を被告として訴の提起をしなければならぬとする実定法上の根拠はなんら存在しない。この意味で被告組合選挙管理委員会は、被告としての当事者能力ないし適格を欠くものと考えざるを得ず、若し被告主張の如き訴が提起された場合には不適法として排斥を免れないものである。原告としては、被告組合及び北川に対して右選挙における自己の有効得票数が被告北川のそれよりも多数であることを理由に自己の当選の効力を主張するものであるから、当事者間にこの点の紛争が解決されない以上その解決を求めて裁判所に出訴する権利が原告に否定さるべき理由はなく、本件訴が不適法であるということはできない。

そこで次に被告組合選挙規則第一七条第二号の「バス六分会選出の中央執行委員………は連記投票とする」という規定が被告側の主張する如く必ず二名以上の連記を必要とし、単記即ち一名だけについて投票したものにつきその効力を失わせることまでの要求を含むものであるかどうかについて考察する。およそ選挙制度の目的とするところは、民主主義の政治思想に基ずき、選挙人が自ら好ましいと考える者を自由に判断し、自己の代表者として共同体の管理運営を委ねようとするものであり、その選出方法として単記制をとるか連記制を採用するかは、立法政策上の当否の問題として議論の存するところであるが、連記制を採用した場合にも、その意味するところは選挙人に選挙定数まで(本件の如き完全連記制の場合)投票できる権利を保障したに止まり、必ず連記投票しなければならぬような義務を課したものではないと解するのが相当である。蓋し、選挙人が自ら好ましくないと考える人物と共に投票するのでなければ、その投票の効力がなく、しかも投票の対象となる候補者間に優劣の順位も付せられないことになるとすると選挙権の保障は実質上無意味なものとなり、組合役員は組合員によつて選挙されることを要求する労働組合法第五条第二項第五号の精神にも反することとなろう。

成立に争ない乙第六号証ならびに証人長友晃の証言及び被告組合代表者本人尋問の結果中本規定改正の沿革に関する供述部分も、右裁判所の見解を左右するにたりない。またこれを実質的にみても、選挙投票においては、できるだけ選挙人の意思を尊重して、実定規則上の明白な無効原因がないかぎり投票した選挙人の意思が判明するものであれば、これを有効として取扱うのは当然のことである(公職選挙法第六七条参照)。以上のとおりであるから、投票中原告についてのみ投票した四七票については、有効投票として取扱うべきであり、これを無効とした被告組合選挙管理委員会の決定は選挙規則の解釈を誤つた違法の措置であることを免れず、この点に関する原告の主張は正当である。

被告は、被告組合選挙管理委員会は選挙の施行に際して「連記」即ち、二人以上の候補者に投票せねばならない旨選挙人に指示したのに拘らず、これに反してあえて原告についてのみ投票したものは選挙管理委員会の指示に反したものであり無効であると主張するが、かかる指示をなしたことを認めるに足りる証拠はなんら存在しないのみならず、かえつて成立に争いない甲第一号証によれば、選挙管理委員会は、定員未満の投票も有効である旨の公示をしており、証人中島清海の証言ならびに成立に争いない乙第六号証によつても、単記投票を明確に無効とした指示はなされていないことを認めるに十分であるから右主張は採用できない。

次に右選挙管理委員の不法行為による被告組合の損害賠償義務の成否について考察する。

被告代理人は、右不法行為の請求を追加する本件訴の追加的変更は、請求の基礎に変更あるものであるから許さるべきではないと主張するが、両請求とも被告組合選挙管理委員会の構成員が前記原告への単記投票を無効と決定した事実の違法を主要な理由とするもので、訴訟資料、証拠資料ともに両者共通であり、これによつて訴訟手続が遅滞するものとも認めがたいので右主張は採用できない。

そこで、先ず被告組合選挙管理委員の被告組合に対する関係を考えてみることとする。成立に争いない乙第一号証によると、被告組合規約第三〇条に「選挙の公平を期するため、別に選挙規則を設け、それによつて設ける選挙管理委員会が選挙の管理を行う」とあり、更に成立に争いない乙第二号証ならびに被告組合代表者川代美千雄本人尋問の結果を総合すると、選挙規則上右委員会の構成は各分会から通常一名選出し、これらの者について中央執行委員会の承認を得て、組合長が依嘱することになつているが、特別組合から職務上の手当をうけるものではなく、その職務は選挙に関する公示や選挙日時の決定等の選挙に関する事務的事項、立候補者の資格審査や選挙運動の統制、違反行為があつた場合の当落の判定、当選の確認と発表等公正な選挙の運営と管理に関する事項等をその内容とするものであつて、これらの職務を行うにあたり組合からの支配干渉は存在せず、その権限の行使は全く自主独立公正に行わるべきものとされていることが認められ、他に右認定を排斥する証拠はない。以上のとおりであるから右選挙管理委員がその権限行使上組合長を代表者とする被告組合からの指揮、命令監督に服しているような事実は認めがたく、従つてこれらの者を民法第七一五条の被用者にあたるものと解することはできない。それゆえ、被告組合に右七一五条の使用者責任ありとする原告の主張はその余の点について判断するまでもなくその理由なきものといわねばならない。

以上のとおりであるから、本訴請求のうち原告の被告組合における中央執行委員としての地位の確認を求める部分は正当としてこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第九二条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 弥富春吉 安部剛 長谷川俊作)

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